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作 家イカール

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美術品としてのノウハウを持っているアンティークてんま屋

リトグラフ作品の買取、もしくはきちんとした価値を知ろうとする場合、数多くのリトグラフ作品を扱っていて実績のある店舗に高価買取査定を依頼することが重要だと思います。

何故ならリトグラフ作品を含めた美術品は、ノウハウを知らなければ正確な判断をすることが困難だからです。

アンティークてんま屋ならリトグラフ作品だけでなく、数多くの骨董品(美術品)の高価買取査定の実績が豊富です。

ちなみに、アンティークてんま屋は「査定に出したので絶対に売らなければならない」ということもありません。

アンティークてんま屋は、骨董品(美術品)の価値を多くのお客様に知って頂きたいと願っているからです。

ということでこの項では、リトグラフ作品でも価値の高い「ルイ・イカール」について紹介したいと思います。

是非、ルイ・イカールのリトグラフ作品をお持ちのお客様で「売りたい/価値を確かめたい」と思っているならば、アンティークてんま屋へご一報を頂ければと思います。

何故、ルイ・イカールが画家になったのか

ルイ・イカールの生い立ち

ルイ・イカールは、1888年フランスの古都トゥールーズに生を受けました。

父親は銀行家だったこともあり、ルイ・イカールが銀行か商業の世界へ進むことを望んでいたといわれています。

しかし皮肉なことに高等学校で、ルイ・イカールの興味は演劇へ向かっていったのです。

その情熱は演劇だけでなく、舞台セット(照明効果/衣装デザイン)にまで関心を持つようになりました。

そしてルイ・イカールは芝居の世界に入ることを決心し、パリへ・・・そこでは生活費を稼ぐため、画家が描いた作品に手彩色を施しながら版画制作技術を学んでいったのです。

1908年「演劇批評(ラ・クリティク・テアトル)」の表紙をデザイン~これが好評となり、ルイ・イカールは次第に版画作品を手掛けるようになったわけです。

ルイ・イカールの作風に対する視点

ルイ・イカールの作風

ルイ・イカールがモチーフしたのは、主に「妻のファーニー/ギリシャ神話のレダと白鳥/イタリアの風景」でした。

そして華やかな女性たちを繊細で優雅なタッチで表現しながら、第一次世界大戦を生き抜いた独自の戦争観でエッチング作品を多く生み出していました。

事実、ルイ・イカールの作品のほとんどは銅版画で、複雑なテクニックを駆使し手彩色を加える等々によって、「心理の微妙なきらめき/時代の趣味やリズム」を生き生きと反映しています。

ちなみに1930年代になるとその時代の落ち着きを反映して、ルイ・イカールの描く女性はくつろいだ感じの成熟した女性に変わっていきます。

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フリーダイヤル:0120-19-1008

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てんま屋

▼店舗所在地
〒556-0015 大阪市浪速区敷津西2-7-5 グランヴァレー1F
営業時間 / 9:00 ~ 18:00 (365日 休まず営業しています)

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