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骨董品印籠

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印籠(いんろう)とは?

テレビ時代劇の「水戸黄門」でおなじみの印籠は、「薬を入れて持ち歩くピルケース」として使われていた道具でした。特に旅に出る人たちにとっては欠かすことのできない存在とされており、「大事な薬を印籠に入れて持ち歩く」というのが実用性を兼ね備えたファッションの一部になっていたようです。

印籠がピルケースとして使われるようになったのは、江戸時代以降のことだとされています。それ以前は「印鑑を入れるための箱」として使われていたため、「印籠」という名前が付いたとされています。

一般的な印籠は3~4段の構造となっており、複数種類の常備薬を持ち歩くための「小箱の集まりだった」とされています。コロコロとした丸みを持つ印籠は「根付」によって帯などから吊るされる形となります。小さな高級品とも言える印籠を紛失せずに愛用できるのは、しっかりと編まれた根付があるから言えるでしょう。

お土産屋さんなどで販売されている印籠はプラスチック製品が殆どですが、幕末の印籠は、金、銀などの彫金や蒔絵が施されている「超最高級品」としての位置づけでした。特に人気蒔絵師によって作られたものは、「家1個分」という高値になることもあり、その価格は現代の買取専門店にも引き継がれているようです。

特に人気蒔絵師・梶川久次郎によって作られた印籠は、明治以降も多くの人に愛されました。彼の作った印籠は、漆、金粉、焼き金などを多用しており、艶やかな花々や紅葉などが描かれることが多かったとされています。また梶川久次郎が作った印籠の多くは、海外にもコレクターがいるため、他の漆塗り製品よりも高値で買取されるケースが多いことでも知られています。

現代の日本で作られている印籠も、本格的な蒔絵を施している物となると、安くても20万円ぐらいで販売されているのが一般的です。幅広い工芸品の買取を行うてんま屋では、幕末ならではとも言える印籠の買取も行っていますので、ぜひ気軽にお持ち寄りください。

印籠とは??

印籠というものは、もともとは名前の通り「印鑑」そして「朱肉」を携帯するための容器のことだったのだそうです。
有名な時代劇の決め台詞で覚えていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれませんが、そもそもは富裕層や特別な階級の人物だけが持ち歩くものではなく、町民でも普通に携帯していたのだそうです。
ですが、名前は印籠のまま、江戸時代にはいり徳川家康の天下となると、印鑑と朱肉を入れるのではなく、「常備薬を持ち歩くためのもの」として使うことを奨励されるようになり、印鑑と朱肉から、常備薬を入れるための容器として使われるようになったのだそうです。

富裕層の所持していた印籠は、金の蒔絵がついていたり、象牙を用いた印籠だったりと素材やデザインにお金をかけた、まさに金に糸目をつけない芸術性の高いものだったのだそうです。

ですから今も、骨董コレクターの方の中には、印籠をコレクションしていらっしゃる方も多くいらっしゃいます。
国内だけではなく根付と合わせて海外でもコレクターが多い一品なのだそうですよ。

印籠はこのように使われていました

常備薬を携帯するためのもの、として使用されていた印籠ですが、これ単品では携帯するには落としてしまったりすることも多く不便な形状です。
そこで考えられたのが「根付」です。
根付というのが現代でいうストラップなのですが、これもまた、芸術性に富んだ作品のような根付もあり、国内以上に海外でコレクターが多いのだそうです。

印籠の先に着けられた根付のひもの部分を帯に挟むことで、印籠を携帯していたのだそうです。
今とはストラップとしての考え方、使い方も違うのだということも、なんだかおもしろい事実ですよね。
今でもお土産屋さんなどではかわいらしいガラス細工のついた根付なども販売されていますが、スマートフォンに印籠と一緒に・・・なんていうのも面白いかもしれませんね。

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